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如何ともしがたい何か

便所の壁に殴り書き

日本の「ニート」って実は「ノマドワーカー」なのではないかという話

 「ニートブログ」と銘打ってブログを書いている人が多い。いくつかチェックしているのだが、舌を巻くような面白いエントリを書く人が多い。
 さて、ニートといえば、ざくっと言えば働いてない人を指す単語だった。しかし、これらのブログを書いている人たちは自分らみたいなダメリーマンよりもきちんと勉強しているようだ。また、必要に応じて働いている様子がうかがえる。こうなると、「働くということとは何ぞや」というそもそも論になる。
 一般的に、日本において「働く」「就労する」となれば、会社など組織に入って給料をもらう形での労働であることが多い。「就職する」といえば組織に労働者で入ること。もちろん自営業や起業という形もあるが、そもそも「自営業」や「起業」という単語が「就職」とは別の用法で使われていることが間違いなのかもしれない。いずれにおいても働くことにおいては変わりはない。要は組織に所属していて給料をもらうか否かの話だ。
 そういえば「ニート」のきちんとした定義は何であったか。Wikipediaを見たら、日本においてはいろんな定義があるようで定まっていない印象がある。となると、前述のブログを書いている人たちは厳密な意味での「ニート」ではないのかもしれない。かといって、ブログを書いている人たちを非難するつもりはまったくない。
 では何を言いたいのかというと、本来の意味を離れて単語が独り歩きしている状況があるのかなということだ。ひょっとすると「ニート」という単語が従来の「ワタミ」的社畜労働に対する用語として使われてきているのではないかと。
 「ワタミ」的社畜労働に対する反旗の波は最近、ネット上だけではなくリアルな世界でも顕著に見られるようになってきた感がある。その社畜労働に対する新しい働き方の総称の一つとして、「ニート」という単語が代用されるようになってきたっぽいのだ。
 この構図はちょっと前に話題になった「ノマドワーキング」の誤用した人たちの姿に似ている。
 「ノマドワーキング」はガチガチな従来の会社組織の中で働くのではなく、独立した上でプロジェクトに参集して働くというような労働スタイルを指す、割と漠然とした用語であった。しかし、いつのまにか、これも「ワタミ」的社畜労働に対するような単語として使われるようになった。それならともかく、いつのまにかスタバあたりでノートPCを開いてブログ更新をして「ノマドしちゃいましたキャハハウフフ」的な用法で陳腐化してしまっている感もある。
 何の話だったか。そうそう、二ートの話に戻す。
 日本において、「ワタミ」的労働に徹底的に抗戦する、新しい労働への考え方を持ち、そしてそれを実践している人が「ニート」であり、ひょっとすると本来の意味での「ノマドワーカー」なのかもしれない。新しき「ニート」に栄光あれ、的な。ガチガチの組織労働者の自分としては、あこがれる生き方である。