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如何ともしがたい何か

便所の壁に殴り書き

マキャベリに学ぶ「あしたの雨に備えよう」


 ツイッターのマキャベリbotの言葉だ。多分、君主論の中にある言葉だとは思うのだけど、ちょっと出典元がわからない。
 マキャベリのことだから、国の治世についても戒めであると思う。隣国が攻めてこないと思っていたら、翌朝お城が敵兵に囲まれていたとか、そういう話だろう。気をつけろよお前らっていう感じで。
 しかし、ちょうどこの言葉に出会ったとき、仕事でつまらないミスを連発していたこともあり、別の意味で心に引っかかるものがあった。ミスをして落ち込んでいたというのもあるのだが、どうにもこうにも原因を突き詰めると自分自身でも信じられない凡ミスなのだ。ちょっと注意を払っていれば、十分に防ぐことができたミスということだ。
 だけど、なぜそんな凡ミスを犯してしまうのか。自分の注意力のなさではあるのだが、なぜ注意力がない、あるいは保てずに油断してしまうのか。ずっと悩んでいた。そこで出会ったのがマキャベリの言葉だ。何かヒントがあるように感じたのだ。
 「注意をする」という漠然とした意識では、どうにもこうにも注意が行き渡らないということもあり、「注意をしよう」ではなく「あしたの雨に備えよう」と思うようにしたのだ。
 「あしたの雨に備える」とは、要するにかさや雨がっぱのような雨具を用意するということだ。かさでもひどい雨に遭えば、どうしてもぬれてしまう。とはいえ、何も用意してなくてずぶぬれになるよりかはマシだ。少なくともずぶぬれは避けられる。かさを用意するくらいなら、前日にちょっと思い出して準備できる。もしそれでもぬれてしまったならば、それはそれで仕方がない。それほどの激しい雨だったということだ。雨が降らなければ、普通に胸を張って歩けばいい。何も準備してないよりかは気持ちも晴れやかだ。
あしたの雨に備えよ。
あした雨が降らないと断言できるか。
濡れたくなければ雨具を用意せよ。
足元を濡らしたくなければ長靴を用意せよ。
それでもなお濡れる雨なら仕方ない。
ただ、あしたは雨が降ると思え。
そして、備えよ。
 雨具を用意するつもりで、前もって準備をする。それだけでミスは防げるはず。それでもまたミスをしてしまったのならば、それは不可避のミスだったり、自分の手に負えない仕事だったということであきらめもつく。
 実際、「準備をしよう」ではなく「あしたの雨に備えよう」と心で唱えるようになり、気が楽になったような気もする。仕事でもつまらないミスもしなくなった。成果のレベルは低いけど。言葉の言い換えでも気分は変わるのだなと思っている。さて、あしたの雨の準備をしようか-。

新訳 君主論 (中公文庫BIBLIO)

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