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如何ともしがたい何か

便所の壁に殴り書き

情報収集もいいけれど、価値判断を磨きたい

 新聞やテレビが伝える情報がすべていいとは思わない。しかしながら、「旧来の権力」的な力に逆らうという文脈で、既存メディアの情報を排除・否定してしまうのは少し危険だと思っている。

 従来のメディアである新聞やテレビの情報に頼らなくていいのは、自ら情報を集める、あるいは集まってくるコネクションがあり、かつそれを適切に価値判断できる能力を持っている人だと思う。

 インターネットを通してさまざまな情報を、いともたやすく手に入れることができるようになった今こそ、ニュースソースと価値判断の真価が問われる。グーグル先生あたりに頼れば、多種多様かつ大量の情報にリーチすることができる。しかし、価値判断の能力がなければ、その情報をうまく生かすことができない。うまく生かすことができないのはまだいいとして、時として危険な方向に「誤用」してしまうのではないか。

 また、インターネット上にある情報のほとんどは誰でもアクセスできる。それだけに、ネットで情報がいくらでも手に入るといっても、それはそれで優位性があるわけではない点も注意したいところだ。

 ではどうすればいいかというと、実のところは答えが導き出せないでいる。「それでもいいではないか」という人もいるかもしれない。確かにいいとは思う。しかし、より前向きな情報の使い方をするためには、情報収集よりも価値判断を磨く方に注意を配りたいところだ。

 いい情報も使い方を間違えると、人を傷つけることもある。気をつけていきたい。

プロフェッショナルの情報術 なぜ、ネットだけではダメなのか?

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