如何ともしがたい何か

便所の壁に殴り書き

新聞・テレビ不要論に乗っかることの危険性

 前にも書いたことかも。

 ネット上で特に目立つことだが、ニュースを得るのに「新聞やテレビは見なくてもいい」という言説がある。確かにマスコミの報じ方には問題が多くあるのは否めない。そのような言説が出てくるのは当然と言えば当然かもしれない。

 しかし、このような言説をわれわれが鵜呑みにしてしまうのには若干の危険性がある。

 よく振り返ってみて欲しい。「新聞やテレビは見ない」という人たちの属性だ。このようなことを言う人たちがなぜ新聞やテレビを見ないのかと言えば、見なくてもきちんとした情報が手に入る、恵まれた立場にいるからだ。

 「新聞やテレビを見ない」という人たちは、ある程度実業界ですでに成功してニュースになる立場であったり、コネクションを使って一次情報を得ることができる立場にいたりと、ある程度は特殊な立ち位置にいるということだ。つまり、新聞やテレビを見なくても新鮮で有益な情報を手に入れることができる。だから、新聞やテレビを見なくてもいいのだ。

 このような人たちは新聞やテレビは見ない、見なくてもいいという主張をする。それは結構なことだし、そのこと自体は否定しない。

 ただ問題なのは、そのような立場にいないわれわれのような平民がそれを鵜呑みにしてしまうことだ。

 情報にアプローチできる距離が違うのにもかかわらず、「新聞やテレビは見なくてもいい」という言説に安易に乗っかってしまうのは、自分が手に入れることができる情報・ニュースの総量や機会を減らしてしまう。それは果たしていいことなのだろうか。

 もしかすると「ネットで手に入るから」と言う人もいるだろう。しかし、ネットにある情報はそもそも誰でも手に入れることができる。それにその多くは新聞社や放送局が発信した内容を基にしていることも少なくない。

 とはいえ、「新聞を読め。テレビニュースを見ろ」というわけではない。

 自分自身の社会的立場を鑑みて、どのルートやソースから情報・ニュースを得るべきかということをきちんと考えないと結局は〝情報貧乏〟になってしまう。論客や有名人が「自分は新聞やテレビを見ていない」と主張しているのを聞いて、安易に自分もそれに乗っかってしまうのは、それは怠慢でしかないだろう。

 このご時世、情報収集の方法への考え方について、他人に乗っかるのはやはり危険と言わざるをえない。気を付けていこうではないか、と。

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