如何ともしがたい何か

便所の壁に殴り書き

腹を立てずに流されればラクになるって

 仕事してる先でぼくに対して「やさしい人ですよね~」などと言われることがある。要するにあまり怒ったりイライラしたりという素振りを見せることがないかららしい。

 確かにそうかもしれない。しかし、それは外面に出さないだけで内心では怒ったりイライラしたりしている。でもさー、それを外に出したからって何も解決しないんだよねー、って思っている。だから外面には出さないし、出ない。

 自分に降りかかる細かいことにいちいち腹を立てたり神経を昂ぶらせていたりしていたら、正直いって精神が持たない。いろいろな人間が混在している社会で、自分の判断や価値の基準に合わない出来事にいちいち腹を立てていたら、それだけで一日が終わってしまう。

 だいたい自分の回りの環境なんて自分がどうがんばってもほとんど変えることはできない。ならば自分が変わるしかない。いちいち腹を立てていても面倒くさい。その境地に達すればいろいろとラクになる。

つまり、いくら良いものでも、われわれの外にあるものはすべて等しく自らの力から遠く及ばないとみなせば、生まれつきによるような良きものがないからといって、自分の過ちで失ったのでなければ、それを残念と思わなくなる。(略)いわゆる「必然を徳とする」ことによって、病気でいるのに健康でありたいとか、牢獄にいるのに自由になりたいなどと思わなくなる。(デカルト方法序説」)

 周囲の現実を受け入れる腹づもりができればわりとなんとかなる。どうせ自分なんてちっぽけな存在なのだ。回りに反発しないで流されればラクになるって。

方法序説 (岩波文庫)

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