如何ともしがたい何か

便所の壁に殴り書き

いちいちネット上で「ご冥福をお祈り」するのもどうかと思う

 俳優の大杉漣が急逝したというニュースは、正直とても驚いた。まだまだいぶし銀のバイプレイヤーとして活躍できる年齢であるにも関わらず、しかも撮影期間中に死すとは。残念でしかたない。

 そして、ネットのみなさんはこぞって大杉漣との思い出を独り語りし始める。誰もお前の独り語りなんて聞きたくないし、そもそもお前は大杉漣と関係ないだろうと。スクリーン、あるいはテレビ画面に出てくる大杉漣を一方的に見ていただけだろう。無名の有象無象が堂々とドヤ顔で「ご冥福をお祈りします」と結びのツイートしてしまう姿に、厚顔無恥さを感じずにはいられない。それは心中で祈ればいいのであり、ただの一視聴者にすぎないネット民がいちいちネット上で表明することではないのではないか。

 そもそもいちいちネット上でご冥福をお祈りしたり、黙祷をしたりをいちいち書き込むことに意味はあるのか。そんなものは承認欲求を満たしたいだけの自己満足ではないのか。冥福を祈っている自分に酔っているだけではないか。じっくりと考えてから実行に移すべきだろう。場合によっては冒涜になるのだはないか、と。