如何ともしがたい何か

便所の壁に殴り書き

ネガティブシンキングのスパイラルから抜け出すヒント、みたいな話

 人間の感情なんて、多分動物的な衝動を理性的な脳みそを通して感じるので、おおかた文章にして説明がつくものだ。ほとんどの感情が「○○が/××したので/△△だ」みたいな構文で説明ができる。例文として「あいつが/心ないことを言ったので/腹が立った」みたいな。

 問題はその構文ができあがったことで、それに対してどのように評価を与えるかという点だろう。上の例文なら「気分がわるい」「むかつく」「かなしい」などネガティブな感情が再びできあがる。「心ないことを言われたことが/自分の気分を害したので/気分が悪くなった」といった構文になるのかな。これの繰り返しでネガティブシンキングのスパイラルに落ち込むようなイメージだ。

 そもそも人間なんて合理的に物事を考えているつもりでいるが、9割方は非合理的な思考に陥っていることの方が多いんじゃないだろうか。だったらどこかで非合理性をねじ曲げて、合理的な方向に持って行く必要がある。あるいはウソをついてでも非合理性な流れを断ち切らないといけない。ネガティブのスパイラルから抜け出る手法としてのウソ。

 「あいつが/心ないことを言ったので/腹が立った」を例に取るとなんだろう。「あいつが/心ないことを言ったので/自分はそういう事をしないことを決めた」ならすごく前向きだろう。ただおれはそこまで人間できてないので、「あいつが/心ないことを言ったので/死ねばいい」とか「地獄に堕ちる」とかそういう感じにして、自分を神いわゆるゴッドの目線になって、少しでもネガティブのスパイラルから抜けだそうとする。

 いずれにせよ、感情が作り出す構文はほとんど合理性がないので、それはいちいちめんどくさいけど、きちんと合理性があるかどうか検証する必要はあるんだろう。