如何ともしがたい何か

便所の壁に殴り書き

交通事故は馬鹿からいかに身を守るかなのだろうか

 交通事故は自分が起こすことに気を付けるのはもちろんだが、いかに想像上のことをやらかす馬鹿による事故に巻き込まれないかが大事だと思うことが多い。自分がいかに気を付けていても、馬鹿にひき殺されてしまってはどうしようもない。自分は死んで、馬鹿は生き残る。不条理の極みだ。馬鹿は馬鹿なので予想以上のことをしでかす。なぜなら馬鹿だから。相手の命を削りにかかる馬鹿からいかに身を守り、生き残るか。修羅の世である。

RAI'S 1/43 日産 GT-R (R35) 2018 栃木県警察高速道路交通警察隊車両 完成品

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最近のはてなブログ界隈は勝間がちらちら視界に入ってきて落ち着かない

 勘弁してくれ。

ネットの匿名悪玉論は一貫性がない

 ネット上で匿名でどうのこうのということについて、本名(と自称している)の人が批判するのをよく見かけるけど、自分に賛同したり取り巻き腰巾着が匿名だと、それについては批判しない。要するに自分に盾突いている人間をたたきたいがために、匿名悪玉論を持ち出してくるわけだ。一貫性がない。本当に匿名が悪玉ならば、もっとたたけよと。意味不明なネット上のペンネームを使って、自己啓発本(笑)やらビジネス本(笑)を書いている連中もいるじゃないか。もっとたたけよ、著者も出版社も。

 匿名悪玉論はその程度でしかない。自分に反発するやつをたたく隠れみのなのだ。

人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている

人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている