如何ともしがたい何か

便所の壁に殴り書き

あおり運転する馬鹿は永遠にいなくならない

 あおり運転による死亡事故が世間を大きく動かしているにもかかわらず、まだあおり運転をやめない連中が多い。逮捕される事案も定期的にニュースになる。

 一体あいつらは何者なのだろうか。これだけ世間で問題に取り上げられ、犯人は悪玉としてたたかれているというのに。まあたたかれるのは当然なのだが、そんな中でもあおり運転をやめないやつらはどんな思考回路をしているのだろうか。

 あおり運転が厳罰化されたとしても、こんな社会の流れの中でもあおりをやめない連中には何を言っても無駄なのだ。なぜなら馬鹿だからだ。馬鹿は馬鹿故に、すべての理屈が通じない。自分のことしか考えていない単細胞でしかなく、だからこそ馬鹿なのだ。あいつらには厳罰化だなんだの言っても抑止力にはならない。なぜなら馬鹿だからだ。もう馬鹿だからだとしか言いようがない。すべてが通じない無敵の存在なのだ。もしろん悪い意味で。あいつらの前ではすべてが無力なのだ。

 よくあおり運転するやつは死刑にすればいいという話がでてくるが、馬鹿にはそれは通じない。厳罰化して死刑相当という罪になったからといって、あいつらにはそれは通じない。あいつらは自分のことしか考えていないし、半径1メートル程度の世界でしか生きていない単細胞なのだ。厳罰化なんて概念が通じるレベルでない。いくら厳罰化して死刑相当になったとしても、ただ死刑囚が増えるだけで要するに税金の無駄以外でしかない。

 われわれはどうすればいいのか。

 野良犬に手をかまれると思ってなどというレベルの話ではない。狂犬以上のタチの悪さのあいつらに殺されないためには、われわれはどうすればいいのか。馬鹿にはすべてが無力なのだ。われわれは馬鹿から逃げるしかないのだろうか。われわれは何もできない。

 なんという法治国家。クソ食らえのこの世界。

あきらめる練習 (SB新書)

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