如何ともしがたい何か

便所の壁に殴り書き

ネットの生放送コンテンツがどんどんと過激化していて面白い

 何となくニコニコ生放送を見ていたりする。見ているのは有名な人ではなくて、無名な一般人がやっている放送だ。

 とはいえ、この「無名な一般人」という世界の中でもいろんな意味で有名になっている人も多い。屋外で配信をして触法ギリギリ、あるいは明らかに触法なことをして通報され、警察沙汰になってニュースにもなる人も散見される。

 このあたり、視聴者の煽りもあるかもしれないが、やはり派手なことをやって視聴者を増やしたいといういわば「中毒性」があるのかなあと思う。

 触法行為まではないけれども「凸待ち」というタグがあるように、突撃してくる別の人間とケンカをしてみたり、ただコメントに悪態をつくような放送をしてみたりと内容の過激化がある。

 無名な一般人ほど、かまってもらえることで自己の存在感を満たすことができるのかもしれない。そのためには過激なことをして視聴者を集める。そして煽られたり喧嘩腰なコメントを流されたりするけど、相手をしてもらえていることによって満足できる。その繰り返し。

 もちろんそんな世界を否定するつもりはない。むしろ面白がってヲチしているのでもっとやれという感じでもある。

 とはいえ、触法スレスレの派手なことをしないと視聴者を稼げないという時点で、現在の地上波テレビと同じような構図であり、人間の興味を引き寄せる本質は変わるはずもないのだなということを改めて感じる。

 人は過激なコンテンツを求める。そんなコンテンツの提供者は過激な内容を見てもらうことで自己を満たす。

 果たしてこれからどこまで過激になるのかね、という。